3~4日前のことすら記憶が曖昧な状況で、どちらが先だったのか定かではないのだけれど、佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』と、『ヨーコさんの“言葉”』を続けて読みました。
意図された偶然のように、『100万回生きたねこ』は本屋さんの絵本コーナーでの立ち読み、『ヨーコさんの“言葉”』は貸してくれた方がいて。どちらも時間にしたら5分ほどで一読できてしまうけれど、何回も、何十回も、時間をかけて読み直す、そんな本。言葉がやっぱり詩、「生きる・死ぬの意味」を読み手に考えさせる力を携えている、哲学と言ってもおかしくないほどの力。
『ヨーコさんの“言葉”』の、さりげなくドキリとさせる反・道徳的な言葉。「私『正義』というものが大嫌いです。」、「私いつも、『ハハハ、勝手じゃん』」と言いたいのです。」ママ友や、職場や、学校で、それはとても難しいことになっているけれど。そして、『泣き泣き人の迷惑をひきうけ、泣き泣き人に迷惑をかける・・・』、そのしがらみもまた、人には大切だろうと言う。その度胸の据わったスタイルが、小さな「なあなあ」的安心をひょいとひっくり返す。
そして、100万回死んでみなければ見つけられなかったもの、100万回生きたから見つけられたもの、その幸福な、とても素敵なことをこの世で楽しめばいいんだってことにジーンとする。普通の人が当たり前にできる、それでもなかなか見つからずに遠回りもするもの。いろいろあるよ、100万回の内にはね、佐野さんにそう言われていると思うと、心がちょっとふにゃっとなる。
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