2015年10月12日月曜日

蟷螂の眼

by 梅津志保


玄関のドアを閉め、出かけようとした。そのとき、視線だったのか、気配だったのか、何かに気が付いた。花壇のローズマリーの上をじっと見ると、そこには、大きな蟷螂がいた。立派な緑色の体、三角の顔、大きな鎌。夏に見たときは、指先位の大きさだったのに。「大きくなったぞ。」といわんばかりの姿だった。同じ蟷螂であるかどうかは分からないが、とにかく蟷螂が、成長した姿を見せにきたのだと思った。

なかなかこんな機会もないので、じっと正面から見ると、蟷螂の眼は緑色で、吸い込まれそうな美しさだと思った。また、自分を見透かされているような気がした。蟷螂から見ると自分はどう映るのか。

虫の眼の億とあつまり冬青空 高野ムツオ

この句を最近、読んだからかもしれない。そんなことを思った。自分からの視点だけではなく、動物から見た景色はどうなのか、植物の生え方はどうなのか、そんなふうに、対象からこちらを見てみることの大切さ、客観性。また、俳句を読んだ人が、迷わないような読後感がいい、想像がふくらむような俳句とはどういうものなのか、改めて考えてしまった。

自分よがりではいけないことを、この俳句は教えてくれる。同じ時に、蟷螂と同じ場所に立つ、自然の中にいる自分。一時間後に帰宅したとき、同じ場所に、蟷螂はいなかった。その一瞬。姿を見せてくれたあの蟷螂のために、いつか俳句を作りたい。

角川学芸出版編『今はじめる人のための俳句歳時記 新版』(角川学芸出版、2011年)

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